学

叶橋保寿堂 齋藤直太郎

1.くすりと生体・・・薬理学

 「くすり」は、本来、病気の予防、治療を主目的に使用するものです。しかし、使い方の如何では健康を害する「リスク」を伴うので、「薬は両刃(もろは)の刃(やいば)」ともいわれます。

薬がどのような薬理作用を生体に及ぼし、どのような効果を現すのかを明らかにしていく学問が薬理学です。すなわち、薬理学人の生命と健康に深い係わりを持ち、体の不調を修復し、「生きる」ことの中身(Quality of Life)を向上・改善する「薬」と「人体」との係わりを解き明かす科学でもあります。

一般に薬理学は、使用した薬物が体内でどのように動き、どのような変化をするのか、いわば「くすり」の一生を考察する薬物動態学(Pharmacokineticsと、薬物そのものが生体にどのように効果を発揮するかという、いわば「くすり」の効き方を解明する薬力学(Pharmacodynamics 薬理作用学ともいう)とに分け、薬の正しい知識を学ぶ拠りどころとします。

2.「薬」の体内動態(@吸収(A)→A分布(D)→B代謝(M)→C排泄(E)

   「薬」が期待された「効果」を現すには、薬理作用が発揮できる目的の場所(生体内部位)に到達しなければなりません。そのためには、まず「薬」を循環血液中に取り込むことですが、この取り込みの過程を吸収(Absorption)といいます。

  薬物吸収は、静脈注射の場合を除き、適用方法が異なれば、いろいろと問題があります。

もっともよく用いられる内服(経口服用)の場合、多くの薬物は小腸で吸収され、血液中に分布し、門脈を経て、肝臓で代謝され、毛細血管から組織間液に移行し、作用部位に到達して作用を現します。この間、薬物は循環系をめぐり、血漿蛋白(アルブミン)と可逆的結合をし、主として肝臓で薬物代謝酵素の作用を受けて、酸化または還元あるいは加水分解され、代謝第U相で抱合解毒されます(代謝)。代謝された薬物は、血液のろ過装置ともいえる腎臓(糸球体−腎小体−ネフロン)から尿中に排泄され、「くすり」としての役目を終えます。

経口剤は主として小腸粘膜から、舌下錠(バッカル)は口腔粘膜から、坐薬(直腸投与)は直腸粘膜から、点眼薬、点鼻薬、吸入剤はそれぞれの粘膜から吸収され、軟膏剤(皮膚適用)のあるものは皮膚を通して吸収(経皮吸収)されます。

@薬物が作用を現す部位に到達するためには、生体膜を通過しなければなりません。通過の様式は、大部分の薬は単純拡散の受動輸送様式です。 受動輸送の場合、吸収される場所(胃粘膜、小腸粘膜)でのpHによりイオン化したり非イオン化したりしますが、非イオン化している薬物の方が生体膜を通過しやすく、また弱酸性の薬物は吸収の場が酸性であればあるほど、弱塩基の薬物はアルカリ性であればあるほど、また薬物粒子が微粒子であればあるほど、吸収されやすくなります。また、親油性の薬物は親水性のものよりもよく吸収されますが、ある種の薬物では、親油性に関係なくトランスポーター(輸送体)に結合して生体膜を通過します。

同一薬物でも剤形や投与方法が異なれば、吸収の速度や吸収量も異なるので、経口服用した「薬」がどの程度体内循環血中に移行するかは生体利用率(バイオアベイラビリティ)で表します。

A胃・小腸で吸収された薬物は、血液中に分布(Distributionし、身体の各組織に到達し、細胞外液や細胞内に分布します。その間、血中の薬物は門脈を経て、肝臓で代謝されますが、肝臓を最初に通過する際に生ずる影響効果を、初回通過効果といいます。

血液中のおのおのの薬物は、その物理的・科学的性質に応じて血中の蛋白(主としてアルブミン)と可逆的結合をして体内組織に到達しますが、作用部位での結合型は薬理作用を現すことができず、遊離型のみが作用を現します。また、結合型では排泄もされないので、蛋白との結合度合が、薬物の作用強度や作用時間を左右します。

※坐剤として直腸に適用された「くすり」は肝臓での初回通過効果を受けないで、全身循環に入る利点があります。

循環血液中の薬物は体内いたるところで代謝酵素の作用を受けますが、主に肝臓で代謝

(Metabolism)が行われます。代謝の形式は第T相としての酸化、還元、加水分解で、最も重要な中心的反応は、肝細胞のミクロゾームに存在するチトクロムP450酵素群による酸化反応です。第U相ではグルクロン酸抱合、グリシン抱合、硫酸抱合等がおこなわれて、薬物としての効力が減弱して排泄されます。肝臓が解毒機能を持つといわれる所以です。

なお、薬物の中には代謝されてはじめて薬理作用を発揮するものがありますが、このような薬物をプロドラッグと呼んでいます。 

B全身を循環している薬物や役目を終えた薬物は、腎臓を通るたびに糸球体濾過を受けて血液中から原尿(1日約180L)に移り、尿細管を通過し、その過程で尿量を1%以下にし、濾過された物質を濃縮し、尿細管上皮で再吸収されない物質はそのまま尿中に排泄(Excretion)(腎性排泄)します。(通常の尿量は1日1.01.5リットルです)

「くすり」には排泄の早いものもあれば遅いものもあります。薬物が体内からどの程度早く消失するかを知るには、薬物の血中濃度を調べ、薬物濃度が時間経過とともに変化することを示す血中濃度曲線が役立ちます。図上、曲線と横軸で囲まれた面積を血中濃度曲線下面積(AUC)といい、薬物が血液中で最高濃度になった時の量を最高血中濃度、その濃度の半減する時間を生物学的半減期といいます。

血中濃度曲線と横軸に囲まれた曲線下面積(AUC)は、生体内利用率(バイオアベイラビリティ)を100%と仮定した場合、同一薬物・同一用量で異なる投与方法をしても一致します。

なお、生物学的半減期が長い薬物ほど体内に貯留しやすいので、注意する必要があります。


3. 「くすり」の効くしくみ(薬物受容体)

    薬物は薬自身の物理化学的性質に拠って効果をあらわすほか、生体内の細胞に作用して、細胞の働きを強めたり、逆に弱めたりします。また、酵素阻害体として効果をあらわしたり、病原菌を直接殺したりもします。

薬物の多くは生体内の生体膜に存在する高分子化合物(タンパク質:レセプター=受容体)と結合することで、細胞の機能を促進させます。また、逆に生理的な伝達物質の作用を断ち切って、病気を治癒させたりします。すなわち、薬物と特異的に結合する特殊な部位の受容体が膜及び細胞内で一連の生化学的変化を引き起こし、「くすり」としての効き目(作用)を発揮するのです(薬理作用の発現)。この場合「鍵と鍵穴」の関係が成立しています。

   受容体を活性化し、反応を引き起こす化学物質または一定の薬理作用を発現させるものをアゴニスト(作用薬;作動薬)といい、結合しても作用を現さないで、作用薬が受容体と結合する確率を減少させ、作用薬の作用を抑制してしもうものをアンタゴニスト(遮断薬;拮抗薬)といいます。

4. 用量(飲む量)と効力(効き目)・毒性の関係

  「くすり」はある量を飲まなければ効き目が現れませんが、多く飲めば飲むほど効くというものではありません。使う量を漸次増やしていくと中毒症状が現れ、さらなる増量を続ければ死に至ってしまいます。つまり薬の作用(効果)は用いた「薬」の量(用量)に依存します。それ故、「くすり」にはそれぞれ有効量(治療量、常用量)が定められています。

上図に示すように横軸に投与量を、縦軸に反応量(%)をしめしたものが用量反応曲線です。薬理効果が現れる最小の量を最小有効量(限量)ED0、すべての個体が反応する量を極量(最大有効量)ED100)、半数の個体が反応する量を50%有効量(ED50といい、ED50を薬物の薬効の強さの指標とします。また個体が死にいたる最小の薬物量を耐量(最小致死量)(LD0)、その半数が死亡する薬物量を50%致死量(LD50といい、LD50薬物の毒性の強さの指標とし、LD50が小さければ小さいほど毒性が強いことを表します。

LD50ED50の比LD50ED50を安全域(または治療係数)といいますが、これは薬の安全性を表す指標で、治療係数が10以上は安全性が高く、3以下は危険といわれます。

また、ED50を中心にした標準的使用量を常用量といい、注意すべき用量の基準量を極量としていましたが、極量を超えない量でも有害事象が起きることがあり、現在は限界用量として承認投与量の上限が定められています。

  因みに<毒薬、劇薬、普通薬のLD50(経口)>は以下のとおりです。

薬:30mg/kg以下、   薬:30mg300mg/kg  普通薬:300mg/kg以上

5.有害反応と副作用

一般に「くすり」の有害作用を「副作用」と呼んでいますが、有害作用には薬物自体の薬理作用に起因するものと、そうでないものとがあります。

WHO(世界保健機関)では有害作用を「疾病の予防、診断、治療、または生理機能を正常にする目的で医薬品を投与した時、人体に通常使用される量によって発現する,有害かつ予期しない反応」と定義していますが、薬理的に予測がつく治療上好ましくない反応を saide effect(副作用)、治療量で発現する異常な反応を adverse reaction(有害反応;望ましくない作用)として区別します。つまり、狭義の副作用はある意味において人を選ばずに起こりうるものであり、有害反応は「くすり」と「服用者」とのかかわりによって現れるものと解釈でき、@副作用、A過量毒性、Bアレルギー反応、C乱用毒性に分けられています。