病気がどうして起こるのかを明らかにすることは、その診断法や治療法、あるいは予防法を確立するためには非常に大切なことである。「病態」とは、簡単に言えば病気の状態のことであるが、当然「病態」を理解するためには、そもそも我々ヒトがどのようにして正常な生命活動を営んでいるのかの仕組みを知る必要がある。この生命活動の基礎的な仕組みを解き明かすことが「生化学」である。したがって、病態研究と生化学研究とは表裏一体であり、両方の視点から病態のことを見つめることを目指しているのが「病態生化学」であり、病気のことを健常状態と比較しつつ基礎的に理解しようとする学問体系のことである。
病気は人や動物といった生体レベルで起こる現象である。関節リウマチを例に取ると、関節において炎症に伴う腫れ、骨の破壊が起こり、最終的には関節の機能が失われていく。病気のことを知るためには、骨の破壊など、まず生体レベルでどのような異常が起こっているのかを理解することが重要である。しかし、外から観察しているだけでは、どうして骨が破壊されるのかなど、実際に関節内で起こっていること(病態)を理解することはできず、治療に結びつけることはできない。そこで、病気を引き起こす原因を細胞レベルや分子レベルで細かく解析する必要がある。1人の人間には、約60兆個の細胞があると考えられており、関節にも多種多様な細胞が存在している。また、何らかの原因でリウマチを発症すると、白血球などの血液中の細胞が関節に入ってくることもある。さらに一つ一つの細胞は、多くのタンパク質、脂質、糖質などに加えて、生物の設計図である遺伝子(核酸)によって成り立っている。ヒトゲノムプロジェクト*1により、人の遺伝子が約2.2万個程度であることが明らかにされているが、生物の複雑さはこれら分子の多様性だけでなく、個々の分子の組み合わせにより決定されており、病気のメカニズムも同様に複雑であることになる。病気の原因はこれら分子の質や量などの異常であり、最終的には生体レベルの異常につながっている。これを理解することができれば、どのような戦略で治療へと役立てることができるのかに挑戦することができるようになるのであるが、ミクロの小宇宙と呼ばれるように、生命体の基礎となる細胞レベルの営みを解き明かすことはそれほど容易なことではない。とはいえ、実際に病気に苦しんでいる人を救うためには、現在までに明らかにされてきた限られた情報を基に、最善の努力を行っていることになる。実際、関節リウマチでもその原因の一つである可能性が指摘されていた
さて、実際に病態生化学研究はどのように行われているのであろうか?当然、ヒトの病気を対象としているのであることから、究極的にはヒトで検証する必要があるが、実際にはヒトを対象とすると実験材料や倫理的な問題で実施するのが難しい場合が多い。そこで、生体レベルの病態生化学研究はマウスやラットといった実験動物が用いられている(実施にあたり、各施設内で倫理面等の審査が行われている)。実験動物でヒト疾患と類似した病態モデルを作製し、そこで起こっている現象を解明することによりヒト疾患の成因のヒントを得ようというわけである。リウマチの場合も同様で、腫瘍壊死因子の重要性は、このような動物実験レベルでも確認されていたのである。また、特定の遺伝子の機能を破壊させたマウスを作製することができるようになり、生体レベルでの個々の遺伝子の働きを調べることが可能となっている。この技術を用いて多くの疾患遺伝子の働きが明らかにされてきた。一方、細胞レベルの実験では、実験動物に加えてヒトから単離・培養されている細胞を使った研究が実施されている。腫瘍壊死因子は、血液中から流入したマクロファージ*3という細胞が主に産生し、リウマチの関節破壊に関与するとされている関節固有の
以上のように、病態生化学は基礎的な生化学と臨床との架け橋として位置づけられる。生体レベルの病態を意識することが何よりも大切であり、その上で原因となる細胞・分子レベルの研究を行うのが特徴である。また、関連学際領域との連携・融合により、ヒト疾患の治療法・診断法の開発に挑戦しており、多岐にわたる医療ニーズに答えるための基礎的な学問として、今後も益々注目される領域である。
*1 ・・・ ヒトの全遺伝子配列を解読する国際的なプロジェクト
*2 ・・・ 炎症反応に伴い細胞が分泌するタンパク質
*3 ・・・ 炎症に関与する免疫担当細胞
*4 ・・・ リウマチで異常に増殖する間接固有の細胞