かぜと漢方薬

富山大学 和漢医薬学総合研究所 教授 鹿野 美弘

最近は新薬のかぜ薬の副作用などから漢方薬を使われる機会が多くなり、「かぜに葛根湯」が定説になっています。これは確かに和漢薬の良さが再認識されたということで喜ばしいことですが、ひとつ注意することがあります。
 新薬のかぜ薬が使われなくなった理由には副作用意外にもうひとつあります。それはかぜを引いて発熱した時、「熱は悪い。だから解熱剤」という考え方が西洋医学の基本にありました。
 ところが最近は、かぜを引いて発熱するのは身体の防御(免疫)機能が働いているからで、発熱は良いことである。だから高熱でないかぜの熱には解熱剤は使わないということになってきました。実際、かぜのウイルスなどは体温が上がると死滅するのです。そのため、かぜに解熱の新薬は使わないようになりました。
 もちろん、高齢者や幼児は肺炎などを併発して生命に関わることがあるので軽い症状でも医師の診断を受けることが必要です。
 さて、かぜにも二つあります。悪寒するかぜと、すぐ熱がでるかぜです。
 まず、悪寒するかぜ
 悪寒とは「寒さを悪()くむ」というように、外からの寒さに対抗して筋肉を震わせて体温を作っている反応です。悪寒は寒さに傷つけられた結果の反応なので、傷寒(ショウカン)といいます。風邪のウイルスに中 (アタ) ると中風ということから、「悪寒に始まるかぜを引くこと」を漢方では「傷寒中風(ショウカンチュウフウ)といいます。



体温を上げるために筋肉を震わせているのが悪寒で、布団に入って暖めるようにしますから、「傷寒中風」の発熱に解熱剤が逆の効果になることは誰にでもわかります。






 寒け(悪寒)している時には少しの熱があっても身体を温めましょう。ただ、高い熱は脳に良くないので、様子によって頭だけを冷やすのは大切です。









もうひとつの悪寒は無いか、軽い悪寒で高い熱が出るかぜがあります。








 子供や夏に多く、高い熱がでます。寒気がしないのに熱が出てくるかぜを漢方では「温病(ウンビョウ)といいます。
 この場合は身体を休ませ、涼しい場所に寝かし、頭を冷やすことが大切です。



では、傷寒中風と温病の場合、どのような漢方薬で治療するのでしようか。

傷寒中風の場合:有名な葛根湯は傷寒中風のかぜで、最も軽いときに用います。軽い時とは、かぜの諸症状にせいぜい筋肉痛があるようなときです。もし、関節痛があれば麻黄湯が適当です。葛根湯も麻黄湯も主薬は「麻黄」で桂皮と合わせて体表を温める作用があり、その作用で悪寒による発熱を助け、かぜのウイルスを追い出します。

「悪寒で体温を上げて、漢方薬で体温を上げれば、高熱になって危険ではないか」と思いますが、身体の働きは病気に勝つ体温までしか上がりません。その体温まで上がれば充分ですから、あとは体温を下げるために汗をかくのです。

よく、「かぜを引いて寝ていたら汗をかいて、すっきりかぜが治った」といいますが、これがそのことです。

漢方薬を服用して身体を温めている時は身体を冷やす食べ物はよくありません。熱のある時に冷たいものは気持ちよいですが、アイスクリームは当然ながら、みかんも身体を冷やすので避けてください。でも、昔から「下ろしリンゴ」は良いといわれています。リンゴは体を冷やしません。

さて、かぜを引くと足が冷える人が居られますが、この人は普段から冷え性のようです。そのため、水分が下半身に集まっています。そのため、傷寒になると足のひえが強く感じます。この場合は同じ麻黄の処方でも小青竜湯が適当です。小青竜湯は同じく水っぽい状態ということでは「鼻水の多いかぜ」にも良く効きます。

高齢者のかぜは背中で悪寒がして、コタツに入っても強い寒気を感じる場合があります。これは身体の芯から冷えているので麻黄附子細辛湯が適当です。

ただ、高齢者と幼児小児のかぜは進行が早くて手遅れになることがあります。出来る限り早く医師の診察をうけさせましょう。

さて、真っ先に悪寒のあるかぜを引き、胃腸を悪くして寝込む人が居られます。このような人には麻黄の配合された漢方薬は、葛根湯でも強すぎて不適当です。葛根湯を服用するとのぼせてめまい、動悸がするかもしれません。このような人の初期なら桂枝湯を服用して、温かいうどんとかお粥を食べさせ休みます。もたれ、食欲不振などの胃腸障害があれば、どんな人のかぜでも柴胡桂枝湯が適当です。

温病のかぜの場合は、同じかぜでも麻黄の配合された葛根湯、麻黄湯などの漢方薬は逆の作用になります。温病の場合は熱を下げることが第一なので新薬の鎮痛解熱剤でよいでしょう。漢方薬を使う場合は冷やす作用の銀翹散や香蘇散などがあります。咽喉が腫れて痛む時は銀翹散を使います。

一口に「かぜ」といっても、いろいろなかぜがあり、いろいろな治療法があります。適切に使うと漢方のかぜ薬は新薬よりも優れています。

処方

服用のポイント

傷寒中風(しょうかんちゅうふう)

(はじめ悪

寒がする)

葛根湯

葛根、麻黄、大棗、桂皮
芍薬、甘草

軽い風邪 筋肉痛

麻黄湯

麻黄、杏仁、桂皮、甘草

ふしぶしの痛いかぜ

小青竜湯

麻黄、芍薬、乾姜、甘草
桂皮、細辛、半夏、五味子

水っぽい痰や鼻水の多い風邪
足の冷える風邪

麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)

麻黄、細辛、附子

コタツや布団に入っても背筋で悪寒するかぜ
身体の芯から冷えるかぜ

桂枝湯

桂皮、芍薬、甘草、大棗
生姜

かぜひき易い弱い人の風邪の初期(暖かいおかゆや飲み物を与える。食欲不振、吐き気などがあれば柴胡桂枝湯にする)

柴胡桂枝湯

柴胡、半夏、桂皮、芍薬
黄芩、人参、大棗、甘草
乾生姜

風邪をこじらせて胃腸も悪くなった人

温病(うんびょう)

(悪寒がない)

銀翹散
(ぎんぎょうさん)

金銀花、連翹、薄荷、桔梗 甘草、淡竹葉、荊芥、淡豆豉、牛蒡子、羚羊角

悪寒のない風邪 熱が出て咽喉が痛い

香蘇散

香附子、紫蘇葉、陳皮
甘草、乾生姜

軽い熱の風邪